コーヒーにストローが付いてないせいで人生変わった。
バイトに向かう時、彼女がいつも持たせてくれるコーヒー。
このコーヒーが元気スイッチだ。
その元気スイッチにあるものが付いていない。
もしかしたら題名で気づいている人もいるかもしれないが
ストローだ。
ストローがない。
もちろん探した。
360度あらゆる所を繊細に満遍なく
時に空を仰ぎ、時に自問自答しながらなにかしらのヒントがないか入念に調べ上げた。
そして、
ストローはなかった。
しかし、
しかしだ。
なめてもらっては困る。
私はいくつかのヒントを発見する事に成功した。
まずこれだ。
ストローを刺す場所だ。
ストローはなくてもストローを刺す場所はある。
これが意味するのは、このコーヒーにはストローが必須であるということだ。
ストローなしでこの狭いゴールを突破するのは至難の技である。
私はあまりの手強さに恐怖で足が震えるのを必死で押さえていた。
次のヒントは、この緑色の長方形だ。
ちょうどパッケージから見て側面にある。
この側面というのがポイントだ。
おそらく、ここが本来ならストローがあるポイントなのではないだろうか。
そしてストローがない場合に限り、この緑色の長方形が姿を現わす。
そういう設計になっていると見た。
まぁ最終的には
「うん、これに特に意味はないだろう」
そう決断した。
ここまで見てくれた者なら気付くだろう
このあまりに早く正確な判断力に
もはやストローが見つかるのも時間の問題である。
そして第3のヒントがこちら
〇開封前によく振って、お飲みください。と、書いてある。
危ない所である。
もしこれを見逃して開封してしまったら、もう二度と振ることは出来ない。
後戻りは出来ないのだ。
もしストローがすぐに見つかっていたら、きっと私はこのヒントを見逃していたことだろう。
まさかそこまで読まれているとは
敵の方が一枚上手であることに若干の悔しさを覚える
が、それ以上に私をも翻弄しうる敵の出現に口角の緩みを抑えることはできない。
私はバイト先の休憩室で静かに笑った。
次のヒント、いや、もはや暗号と言っていいだろう。
私は今、コーヒーという迷宮にストローという地図なく挑んでいる。
そして迷宮にはゴールまでの暗号が散りばめられているのだ。
暗号さえ解ければ地図などいらない。
さぁ解読に取り掛かろう。次の暗号は先ほど既にでているものだ。
F。
Fだ。
F........................その時、私の脳に電流が走る。
そうか、これはFAKE
FAKEのFだ。
ストローを刺す場所は普通は真ん中と思うだろう。
ところがどっこい端の方ですよーってね
真ん中はFAKEですよーってね
だから真ん中にFを...って、そんな訳がないだろう。
私をなめるのもいい加減にしてほしい。
プラスチックの蓋で巧妙に隠されてはいたが私の眼は欺けない。
ここがゴールへの扉だろう
つまりストローくちがFAKEでありそもそもストローなんてものはない
ここをOPENすることがGOALできる唯一の道だったのだ。
私はおもむろにOPENの文字が書かれた出っ張りに手を伸ばす。
歓喜が暴走し、笑いをこらえる事などもう出来なかった。
これでチェックメイトだ。
なんだ...?
何が起こった?
思わず私以外に誰もいないバイト先の休憩室を見渡す
本能が誰かに助けを求めていた。
さらなるFAKEだと?
いやFILMのFだったのか?
何が目的でこんな酷いことを?
もはや混乱の渦に飲み込まれ、先ほどまでの冷静さは完全に失われていた。
そして、禁忌を犯してしまった。
...そうだ、力ずくでこじ開けたのだ。そこには知能を持つはずのホモサピエンスたるプライドなど微塵もない。ただの獣に自ら成り下がったのだ。
泣いていた。
まるで赤子のように。
もしかすると店の方まで私の泣き声が聞こえているかもしれない。でも、そんなことはどうだっていい。もはや私は獣なのだから。
もはや、獣である自分にコーヒーを飲む資格などない。ましてやバイトなんか出来るはずもない。
森に帰ろう。
そう思った瞬間、何かが鼻腔を抜けた
コーヒーの香りだ
それは鼻腔を伝って脳に直接幸せを訴えかける。
思わず、口に含んでいた。
その瞬間、自分はコーヒーの手のひらの上で転がされてることを悟る。
そうか、あのF、あのFは
FLAVOURだ。
ずっと無神論者だったが、それは間違っていた。
神はいた。
ずっと世の中を見下していた。自分の安いプライドを守るために他人を傷つけ、その度に言い訳ばかり上手くなって。自分が上に立ってる気になっていたのだ。
私はこんなにちっぽけだ。
こんなにちっぽけな人間なのだから目の前の壁だってさほど大きくない。
逃げたって永遠に何も変わらない。
あのFはFOREVERのFだ。
いや、本当はなんだっていい。神の御心のままにFを感じればいいのだ。
こんな小さな壁から私は逃げていたのか。笑ってしまうな。
さて、いつまでも悩むのは辞めだ。
バイトの制服に着替え、スマホを付け時間を確認する。
8分、遅刻か。